■そうか!情報って「情況報告」だったんだ。 その1
−「情報」かく生まれけり−
情報学関連の書籍をみると、「情報」とは文豪・森鴎外の造語で、クラウゼビッツ著の「戦論」の訳書の中で登場する(1903)。などとあるが、実際には、和語として1876年(明治9年)「フランス歩兵陣中要務書」の訳書の中で使われ、兵語としては1882年(明治15年)「野外陣中軌典」に初出しているようである。そもそも、一般用語ではなく軍事用語として「情報」が使われ、しかも「諜報」と同様に使われていたことがわかる。
森鴎外は、文豪であると同時に、軍医であった。陸軍○○として●●に従軍したこともある。その軍医殿が、戦場で使われている用語を知らないはずは無い。むしろ、Information と同じ場面で使用されている用語として、「情況報告」あるいはその短縮語である「情報」を、Information の訳語として用いたのではないだろうか。
偵察が戦場の様子を司令官に伝えるシーンでは、「情況報告! ▲▲が丘に展開中の敵5000。」というべきところを、「情報! ▲▲が丘に展開中の敵5000。」となったのではないだろうか。
そしてこの軍事用語が、今日ごくあたりまえの用語として用いられている。これは、軍隊という組織活動においては、決定・判断をするのが司令官(司令部)ならば、そこにいかに有益な情況報告を集めるかが、次の一手としての行動に大きく影響するが、末端の兵士においては、意思決定を司令部にゆだねていることになる。その反面、現場の一兵卒には責任はない。
昨今よく言われることに「自己責任」があるが、情況報告を得られず司令部からの命令による現場には「責任」はない。しかし、情報が一般用語と化し、様々な情況報告が個人でも入手可能となる場合には、その情報に基づく行動による責任は、まさに「自己責任」となる。逆を言えば、「自己責任社会」を標榜するのであれば、それにふさわしい個人が必要な時に必要な情報を得るシステムを保障しなければならない。そうしたシステムが存在しない世の中において、「自己責任」を言うのであれば、それは様々な現場からの情況報告を得ずに戦場に命令を出す司令官の姿を想像して欲しい。それは太平洋戦争中の帝国陸海軍よりも、恐ろしことになる。
(参考文献)
「日本陸海軍事典(上)」原剛・安岡昭男編
平日は山中湖村の森の中にある図書館 山中湖情報創造館に、週末は清里高原の廃校になった小学校を活用したコワーキングスペースもある 八ヶ岳コモンズにいます。「わたしをかなえる居場所づくり」をイメージしながら、テレワークに加えて動画撮影やネット副業などにもチャレンジできる図書館/コワーキングスペースづくりに取り組んでいます。
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