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市民メディアの気になるところ

明日のミーティングで、ちょっと話題にしたいと思ってます。
「市民メディア」が持っている可能性には、とても興味も関心もあるのですが、懸念材料もないわけではありません。気になっていることは

○伝える権利 (をいかに保障するか)
○協働の知財 (をどのように考慮するべきか)
○善意の搾取 (をしてはならない)
○権威の階層 (を生じないようにしなければならない)

とりあえず、今は箇条書きですが、「市民メディア」による地域の放送局は、マスメディアのミニチュア版ではない。ましてや“もどき”でもない。どんなものでも「本物である」とできる感覚を持っていたい。私が今伝えたいことがそれであるなら、主張する内容のレベルに高低はない。

とあるところで、こんなことを聞いた。
住民がディレクターとなって、地域の出来事を取材し、インタビューした番組を作った。某放送局がそれを放送するために、編集やナレーションを入れた…その結果、住民が作った番組の著作権は放送局側に渡ってしまった。これを聞いたときは「それって、善意の搾取だろう!」と憤慨してしまった。この国に本物の「市民メディア」を受入れられる土壌を育てる(いや、ある意味で勝ち取る)ことも、時として必要かもしれない。

※「市民メディア」にも含まれるかもしれませんが、「パブリックアクセス」が保障するものって、すごいと思う。マイノリティの声、極めてパーソナルな声でも、公の場で伝えることができるのですから…ね。

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