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高校野球の記憶…

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今日(8/5 木)の山梨日日新聞の[風林火山](一面12段目のコラム)は、感動ものである。
敗戦一年後の1946年8月15日。高校野球夏の甲子園大会の前身である全国中学校優勝野球大会が再開されたとある。その時の出場全19校の各主将に、米国製硬球を手渡したのは、当時GHQのポール・ラッシュ中佐であったとある。後に八ヶ岳の麓・清里にて財団法人キープ協会を創設し、『清里の父』と呼ばれている「ポールさん」である。このことを、現在の高校球児たちは知っているのだろうか。

ポールさんは1979年に他界されてはいるが、現在でも山梨県・大泉村の名誉村民である。しかしおどろいたことに、この名誉村民の称号は、町村合併(11月の北杜市となる)とともに消滅するらしい。

時代は時とともに変化するものであはるが、変えていいこと/変えてはいけないこと。忘れてよいこと/忘れてはならないことがあると思う。記憶し後世に伝え残すことを大切にできることが、むしろ変動の時代においては最重要課題ではないだろうか。
映画「千と千尋の神隠し」ではないが、名を奪われることは存在を否定されることでもある。太古の神々は名を奪われることで抹殺されていった。
私たちが残し伝えるべきもの。それは強い意志をもって「記憶」しなければ、いつのまにかフェード・アウトしてしまうものなのだろうな。
※今日の山日新聞[風林火山]は、記憶とは、デジタル/アナログに関わらず、「意志を持って記憶する」ことが必要なんだなぁと感じたコラムでした。

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