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日本の読書運動…って、「文芸作品消費者」の大量生産だった?!

(これはあくまでも私見です)

ここしばらく、子どもの読書推進やら図書館のサービスやらに、注目しているのですが、あることに気がつきました。やはり…そうなんだ…って。

戦後日本の教育は、主に工場労働者を大量に排出することを目的としてカリキュラムが作られたと思います。かつての金の卵と呼ばれ集団就職が奨励された時代(これによって地方の人材が一気に消失したのですが…)。その後高度成長期には、大量生産財を消費する大量消費者の育成が教育の根底にあったように思います(それが今日のゴミ社会の基礎となった)。

 実は、図書館においても同様で、1960年代後半から始まった図書館の活動の大きな目標は、「文芸作品読者(消費者)の大量生産」だったのではないか…と、思われるようなところがある。ファーストフードのマクドナルド社は12歳までにハンバーガーの味を知ると大人になっても買ってくれる..という統計データがあるように、できるだけ小さいうちから「文芸作品消費者」を育成することが、どうもこの国の図書館の在り方..ひいては日本の国語教育の根底にあるのではないだろうか。

いみじくも、2000年、2003年に行なわれたOECD(経済協力開発機構)加盟国で実施されたPISA(ピザ)学習到達度調査の結果が、どうも日本の教育の根底にある考え方を露呈させてしまったのではないか…とも、見て取れる。
※2000年、2003年と3年毎に実施されているので、2006年の実施結果が気になるところです。

ということで、日本の公共図書館の蔵書のおよそ半分は文学作品だったり(学校図書室の蔵書構成ではもっと高い割合になりそうですが..)、図書館プログラムも「読み聞かせ」や「おはなし会」など、文芸作品鑑賞がほとんどだったり…と、図書館や国語教育/学習の根本的な解決を図らないと…大人たち自身と子どもたちの将来が、けっこうあぶない状況になるのではないか…と、思えるのです。
メディアリテラシーがいまひとつ盛り上がらないのも、結局は国語教育の目的が「文芸作品消費者」の育成になるのなら、かえてって邪魔な考え方なのかもしれません。

 今、図書館界が、「ビジネス支援」やら「医療支援」などに関心が向きがちですが、僕はもっと根本的なところに、大きな問題/課題があるように思えてきました。子どもの読書活動推進や文字・活字文化促進法なども、そうした「文芸作品消費者」育成に走るのであれば、ちょっと考え直さなければなりません。

もう、「文芸作品消費者」を大量生産するような、読書活動推進には、かなり疑問を感じております。といっても、文芸作品を鑑賞することを否定しているわけではありません。ただ、それだけじゃないでしょう…と、いいたいのです。

コメント

  1. フォトボル より:

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    八ケ岳南麓に熊が出現 今まで八ケ岳南麓では熊が食する木の実は植林林のために無かったが、別荘等の人口密度が増えるに従い動物の生息数が増えました。 問題有りです。本日、キジを多数見かけましたし、泣声を良く聞きました。記事の繁殖期とは思いませんが、森や原野で何かが起こりつつあるようです。計測機器に異常が見受けられます。
    山中湖では、何か変調は見られますでしょうか。
    でわまた。 Like

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