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運転手もまた、犠牲者なのでは….

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尼崎の列車脱線事故により亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、負傷された皆さんのお見舞いを申し上げます。

さて、事故の調査結果が、断片的に伝えられますが、ブレーキを握ったまま亡くなられた23歳の運転手もまた、一人の犠牲者なのではないか…という思いがわいてきます。
当初マスコミの報道が、あたかも運転手のスピードの出し過ぎが事故原因のように伝えていましたが、どうやら運転手内では、よく使われている裏技(?)的な速度のようで、むしろそうせざるを得ない状況が、今回の事故の重要なポイントではないだろうか。
 さらに言えば、分刻み秒刻みの運行は、考えてみれば、旅客機が時間厳守というアクロバット飛行をしながら乗客を乗せているようなもの。旅客機は時間よりも安全性を重視するため数分〜数時間の遅れは許される範囲であるのに、列車はなぜそこまで安全性を犠牲にしてまで、時刻厳守をしなければならないのか…むしろJR西日本すらも、ひょっとしたらスピード(正確さ)を求める社会の犠牲者なのかもしれない。

この構図、水俣病に似てはいないでしょうか…

※これは飽くまでも、丸山高弘個人の意見です。あしからず※

コメント

  1. jato114 より:

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    >一人の犠牲者なのではないか・・・・
    自分も、そう、思いますよ。
    彼が、スピードを出さなきゃならん「背景」も考慮すれば・・・。
    じゃそれを、「遺族側」の前では、言えませんが・・。 Like

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